若山陽一対談

旅する写真家・石川直樹氏に聞く
山、写真、そして冒険への思い

旅する写真家・石川直樹氏に聞く 山、写真、そして冒険への思い

2016.05.30

  • 対談

若山が目標としているエベレストに23歳で登頂し、当時の世界最年少セブンサミッター(七大陸最高峰登頂者)となった石川直樹氏。その活動のフィールドは山だけでなく、北極や南極といった極地から都市の路地裏まで、世界中に広がる。
石川氏のファンを自認する若山が、山、写真、そして冒険への思いを聞いた。
(対談日:2016年3月)

「見たまま」が文字になり、写真になる

写真集『K2』

若山 僕は石川さんの文章がすごく好きでして。みずみずしくて素直な感情がスッと入ってくる。

石川 ありがとうございます。僕は文章も写真も大げさな感じが苦手で。本当に見たまま書いているだけです。だから、みんなが「大変だ、大変だ」と言っているところでも、僕が大変だと感じなかったら「大変ではなかった」と書くだけの話で(笑)。当たり前なんですけど。

若山 それがすごいですよね、等身大で素直な感じがしますね。普通の人は話を盛ってしまいます。

石川 僕の場合はなるべく大袈裟に表現しないようにしていますし、だからといって過度に謙遜するわけでもなく。普通にお話ししたり、書いたり、写真を撮るということを心掛けているつもりです。

若山 写真もすごく良くて。石川さんの写真って、やっぱり石川さんが撮っているというのが分かるんですよね。石川さんの写真だというのが伝わる個性がありながらも、風景をうまく切り取られているという点が大好きです。

石川 僕は標準レンズしか使っていなくて、望遠レンズやズームレンズはほとんど使わないんです。「自分ズーム」と呼んでいるんですが、自分で歩いて寄ったり離れたりして撮っています。だから近くに寄りたくても寄れない状況で撮った写真もあれば、もっと離れて撮りたいけど後ろに壁があって離れられないからこう撮った、ということが全部写っているわけです。石川がそこにいて見ている光景だと感じていただけるのは、そういうことと関係があるかもしれません。

デジカメでは写せない光景を撮る

若山 一度カメラを見せていただきましたが、重たいフィルムカメラでしたね。僕は技術的なことは分からないけど、空気感みたいなものがありますよね。乾いた感じだとか温度感みたいなのが写真から伝わるのは、なぜでしょうか。

石川 デジカメは突き詰めていけば数値=データ情報になってしまうわけですが、フィルムというのは、そうじゃありません。水(現像液)を通さないとプリントできなかったりするんです。水を通すとか通さないというのは観念的なものかもしれないですけど、色とか空気感というのが少し違いますよね。デジタルはカラッとし過ぎてしまうイメージがあって、味気ない部分が若干あると感じます。フィルムは、ちょっとしっとりしています。

若山 今のカメラにしたのは、いつごろなんですか?

石川 もう15年ぐらい前、20歳代の半ばぐらいですかね。今日も持ってきているんですよ。

若山 ちょっと見せていただいていいですか?(手に持って)やっぱり重いですね。僕は登山のときは重い物を持ちたくないけれど、これは重くて大変ですね。

石川 僕も重いのは本当に嫌で、もう捨てていこうかなと思うときもあります。でも、ふと我に返って、写真を撮るためにここに来ているんだということを思い出して。写真を撮らなければ意味がないと思ってやっています。

若山 これは結構大変だなあ。確かに山に持っていったら捨てたくなりますね(笑)。

石川 軽量化のために飴の包み紙とかも省いていくような世界なわけで、普通はこんな重い物を持っていくことなんてないんですけど。でもフィルムとカメラだけは必ず持っていきます。

若山 このカメラも、いろんな景色の中にいたんですね。これはとても大切ですね。

石川 うん、うん、大切です。

プラウベル マキナ 670。1984年から1986年まで生産された中判カメラの名機。

世界の面白さを知ったインド・ネパールの旅

若山 石川さんのセブンサミッツ(七大陸最高峰)への挑戦は、いつから始まったのでしょうか。

石川 20歳のときにデナリ(北米大陸最高峰。別名マッキンリー)に登ってからです。

若山 普通、20歳でデナリに登ろうとは思わないですよね。何か理由があったんですか?

石川 高校2年生のときにインドとかネパールを旅して、別の世界を見てしまったというか。世界ってこんなに面白いんだと、17歳で思ってしまったんですね。

若山 でも、インドとかネパールって、高校生でなかなか憧れないですよね。

石川 そうかもしれないですね。僕はインドの旅行記やヒマラヤ登山の本を読んで、どうしても行きたいと思ってしまって、高校2年生の夏休みに行くことになったんです。

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Profile

石川直樹(いしかわ なおき)
写真家

1977年東京生まれ。
高校2年生のときにインド・ネパールへ一人旅に出て以来、2000年に北極から南極まで人力で踏破するPole to Poleプロジェクトに参加。翌2001年には、七大陸最高峰登頂に成功。その後も世界を絶えず歩き続けながら作品を発表している。その関心の対象は、人類学、民俗学など、幅広い領域に及ぶ。
『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)ほか多数。最近では、ヒマラヤの8000m峰に焦点をあてた写真集シリーズ『Lhotse』『Qomolangma』『Manaslu』『Makalu』『K2』(SLANT)を5冊連続刊行。最新刊に写真集『国東半島』『髪』『潟と里山』(青土社) 、『SAKHALIN』(アマナ)がある。

石川直樹 ホームページ
http://www.straightree.com/

Profile

若山 陽一(わかやま よういち)
UTグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO

17歳の時、バイク事故で肝臓破裂、4日間の意識不明を超えて一命を取りとめる。
生死の境をさまよったことによって、命は有限であることを実感し、起業を決意。
「仕事を創ることが仕事」をポリシーに1995年に創業。
2003年製造派遣業界で初めての上場を果たす。
その後、積極的なM&Aで会社を急成長させるが、2008年旧GWG株式取得を機に、GWGのコンプライアンス違反が見つかり倒産の危機に。
同時に、個人でも37億円の負債を抱え、自己破産の危機に陥るも、不屈の精神によって全額返済する。
2013年、企業姿勢である「挑戦」を身をもって示すために始めた登山では、モンブランに登頂したことを端緒として、南米大陸最高峰アコンカグアやヒマラヤ山脈8000m峰マナスルなど、2年間で世界の名峰8山に登頂成功する。
2015年4月にはエベレスト登頂を目指すも、ネパール大地震の影響でやむなく下山。
海外登山がきっかけとなり、世界中に仕事を創ることを決意。
途上国支援の一環として、ネパールで高品質なイチゴの生産による雇用創出を始める。
座右の銘「想いが行動を変え、行動が現実を変える。」

若山陽一 公式ブログ
http://ameblo.jp/yoichi-wakayama/

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