若山陽一対談

プロ登山家・竹内洋岳氏と
ヒマラヤの山々に登って学んだこと

プロ登山家・竹内洋岳氏とヒマラヤの山々に登って学んだこと

2016.01.18

  • 対談

初めてのヒマラヤ、アイランドピーク

竹内さんと登ったアイランドピーク(2014年4月)

若山 2014年になって日本で雪山トレーニングをして、4月にはアイランドピーク(6160m)に行きましたね。

竹内 一緒に行きましたね。アイランドピーク。

若山 竹内さんとは日本の山ではいくつかご一緒させていただいたことはありましたけど、実質的な雪山登山でご一緒するのは初めてでしたね。
僕にとっては初めてのヒマラヤで、テント泊しての登山も初めて。6000mを超えるのも初めてでした。でも意外としんどくなかったんです。竹内さんが僕の体調をうまくコントロールしてくれたおかげです。これは僕の中では自信になりました。

竹内 そうでしたね。私が考えた順応のプロセスがうまく若山さんに合いました。ただ、行く前は、どうやって登るかというタクティクスにかなり頭を悩ませました。若山さんはお忙しい方ですし、通常より4、5日短い期間で高度順応や体力の温存をしながら、どうしたら有効に登れるか……。いろいろ考え、うまく成果が出せたということで、この登山は私にとっても非常にいい経験になりました。

アイランドピークへの街道を歩く(2014年4月)

若山 ベースキャンプまで数日かけてエベレスト街道を歩いていくプロセスで、体もだいぶ自然に慣れてきたっていうのもあったと思うんですよね。

竹内 高所や低酸素に慣れるというだけでなく、環境に慣れるということがすごく重要ですね。山の中の不便さとか、ネパールの人々の生活や人柄、付き合い方。ネパールの人たちってすごく一生懸命やってくれますので。そういうものを学んで、感じてもらえれば、それが安心感になったり、余裕が出てくると思うんですよね。そういう点も、若山さんはスムーズに順応できたと感じます。
山では、待たなきゃいけないことがすごく多いんです。何もかも早くやることがいいのではなく、高度順応できるまで待たなくちゃいけないとか、早く行きたいけどここは刻まないといけないとか。タイミングを見計らうというのがすごく重要になってくる。初めのうちは、待つという感覚が分かりづらいと思うんです。それをアイランドピークで経験したことで、その感覚がずいぶんと深まったと思います。

安全を確信できない限りは進まない

若山 アイランドピークでは、初めてクレパス(深い割れ目)があるところを歩きました。突然崩れて広がるクレバスや雪の下に隠れたクレバスもあるから怖いんです。でも、竹内さん、僕、登山家の仙石さん、シェルパのラルさんと、4人がロープでつながっていたから、全員が落ちない限りは止まります。だからそれなりの安心感はありましたけどね。

アッセンダー(登高器)を使って登ったのも アイランドピークが初めてでした。急な壁に固定されたフィックスロープにアッセンダーをセットする。これで安全を確保しながら登るんですが、所々でアッセンダーをロープから外してセットしなおさなければいけない。間違えてセットしたり落ちたりするのが怖いから、すごく神経質になる。僕は竹内さんにセットしてもらわないと安心できない(笑)。他の人がセットしようとすると「ちょっと待て!」と。こっちも必死ですから(笑)。それぐらい、僕の中ではいっぱいいっぱいでした(笑)。

アイランドピークの急登(2014年4月)

竹内 若山さんに安全に登ってもらって、安全に下ろすっていうのが私の役割だったんですが、私が見ている限り不安はありませんでした。ただ、高所では低酸素と疲れで思考力や判断力は低下します。ちゃんとやっているつもりがまったくできていない可能性があるんですよね。だから何重にもチェックして、私自身が大丈夫だと思わない限りは絶対進まない、下りないというのが鉄則でした。

若山 竹内さんは僕を登らせるという役割に徹してくれました。それは非常にありがたかったです。

竹内 でも本当によく登られましたね。あれはいい登山だったと思います。あれは私にとっても非常に面白かったですね。

若山 そうですね。そういう意味では本当にアイランドピークを登れたのはよかったですね。

アイランドピーク(2014年4月)

自然の猛威を体感したエルブルース山

エルブルース山(2014年7月)

若山 2014年春にアイランドピークに登ったあと、夏にはエルブルース山(ヨーロッパ大陸最高峰 5642m)に行きました。

ここは現地ガイド2人と登ったんですが、想像以上に厳しいものでした。僕たちが高度順応登山をする前日、落雷で人が亡くなっていました。当日も、僕たちが山小屋に着いた途端、天候が急変して静電気を帯びたヒョウが降り始め、雷が落ちました。ガイドの判断で、雷が落ちる中、腹這いの状態で下山しました。

あとで調べてみたら、雷のときは建物の中のほうが安全だし、腹這いになると地上に落ちた落雷が伝わる可能性が高くて非常に危険な行動のようでした。最終的には登頂に成功しましたが、自然の猛威の前の人間の無力さや、曖昧な判断の危険性について考えさせられる登山でした。

マナスルで酸素のありがたみを痛感する

若山 エルブルース山のあと、秋に竹内さんとマナスル(8163m)に登りましたね。エベレストに挑戦するためには8000m級の山を登っておかなければ、ということで。

竹内 マナスルは、すごくいい山だと思います。頂上からの眺めは、私が登った8000mの14座の中でも独特です。他の山は周りに山が多いんですが、マナスルは周りにあまり高い山がないから、すごく高い感じがします。ただ、あのときのアイスフォール(氷柱や割れ目がある危険個所)は、コンディションがあまりよくなかった。でもあの中で登れたっていうのは、すごく価値があると思います。

若山 マナスルでは、酸素の重要さを痛感しました。登頂する当日、僕のペースがすごく遅かったんです。そこでシェルパが判断して、僕の酸素ボンベの流量の目盛を「2」(毎分2リットルの酸素を供給)から、最大の「4」に上げたんです。その途端、電池を交換したように動けるようになり、みんなから離されていたのが、すぐに追いつきました。酸素量によって全然違うんですね。

竹内 出発のときから4にしたいのはやまやまなんですけど、行動時間が読めないので、酸素を温存しなければなりません。

マナスル (2014年10月)

若山 結局、酸素ボンベのおかげで歩くことができました。そして腕時計の高度計が8000mを指したときは本当にうれしかったですね。経験したことがない世界でしたから。頂上も快晴で、ものすごく景色がよかったですよね。

竹内 私にとっては、マナスルでの若山さんの様子を見て、エベレストのプランを組み立てるにはすごく役に立ちましたね。

若山 僕もマナスルで、エベレストのイメージは、だいぶつきました。ヒマラヤはシェルパと登る山なんだというのも実感しました。普通の人が8000mの山に登ろうと思うと、シェルパと酸素ボンベなしで登るっていうのはあり得ないと思いましたね(笑)。

竹内 ただ、登山の本質としては、シェルパと酸素があっても登る量とか歩く距離は変わらない。自分で登ろうと思わなきゃいけないというのは変わらないと思うんですね。シェルパと酸素は、量によって、安全性を高める、ということだと思います。

マナスルでの若山(手前)と竹内氏(2014年10月)

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